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バカラ

バカラは1764年に国王ルイ15世の認可を受けて、フランス東部のアルザスロレーヌ地方のバカラ村に設立されてから現在に至る迄、フランス文化の象徴として最高品質のクリスタルを創造し続けているクリスタルメーカーです。アンティークのバカラは概して現代のバカラより鉛の量が少なく、薄いのが特徴的です。現代のバカラには見れない可憐さを持ちつつも、現代の重厚感あるクリスタルより割れにくいとさえ言われています。ダイヤモンドのような輝きを持ち最高級のクリスタル製品として、その華麗なる輝きは「クリスタル・オブ・キング」ともいわれルイ18世をはじめ世界中の王侯貴族たちに愛され続けています。

ルネ・ラリック

ルネ・ラリック(1860年~1945年)は、19世紀末から20世紀半ばにかけて、アール・ヌーヴォーのジュエリー製作者、アール・デコのガラス工芸家として、二つの創作分野で頂点を究めた人物である。1900年のパリ万国博覧会、1925年のアール・デコ博覧会で国際的な脚光を浴びた彼の作品は、溶けたガラスを 型に吹き入れ、形と装飾を同時に作り出すもので、美的な完成度を損なうことなく量産を可能したその独自のスタイルは、工芸の価値を絵画や彫刻などの純粋美術と同じレベルにまで高めるとともに、生活に新たな美意識をもたらすものとして高く評価されています。

ミリアム・ハスケル

1899年アメリカ・インディアナ州に生まれる。
彼女はシャネルのコスチューム・ジュエリーに影響を受け、独自のスタイルを生み出してその名をアメリカから全世界にしらしめた女性である。1924年にニューヨークで最初の店を開き、1933年にはニューヨーク五番街に店をもつまでとなった。彼女のジュエリーは全てが手作業で丁寧な細工がなされ、ガラスビーズ・バロックパール・ペーストなどを接着剤を利用せず細いワイヤーで台座に縫い留め重ね合わせながら、立体的に表現している。素材にこだわり、独特なデザインと入念な手作業こそ、彼女のジュエリーの真髄といえよう。

ジョセフ・オブ・ハリウッド

1905年、シカゴに生まれる。
彼は世界が大不況の中、影響の少ないロサンゼルスを拠点に、映画産業に参入した。映画に登場するスターのファッションやジュエリーがファンの間で憧れの的となることがよくあるが、その流れを作ったのはこのユージーン・ジョセフだといっていい。彼はジュエリーのデザインをすることだけではなく、女優とジュエリーが一段と引き立つよう演出までも手がけた。そうした努力が高く評価され、30年代後半までには実にハリウッドの歴史的名作のほとんどに携わることになる。「風と共に去りぬ」「椿姫」「クレオパトラ」など。ハリウッド御用達ジュエラーとなった彼は、周囲の期待にこたえるよう「ジョセフ・オブ・ハリウッド」のブランド名で、全米の一流店に作品を提供し、大成功を収めた。

ミーリーコレクション

16世紀サファヴィー朝期は、ペルシャ絨毯の最盛期として歴史に刻まれています。当時、宮廷工房では、技術の粋を極めた職人達の手によって、手紡ぎの厳選されたウール、デザイン、草木染め、織りなど、絨毯制作の工程全てが行われていました。 ミーリー工房は、サファヴィー朝期の絨毯制作の伝統を継承し、失われつつあった地域や部族の図柄、織を復興させました。その功績は世界的に高く評価され、1994年に権威あるアディル・ベシム・オスカー賞を受賞しています。約30枚の作品が、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館、テヘラン絨毯博物館、岡山市立オリエント美術館、九州国立博物館など世界の美術館、博物館に収蔵されています。

小川哲男

1944年、熊本県天草市本渡町に生まれる。
天草、熊本、佐賀と変遷しながら陶芸歴は55年に及び、日本を代表する陶芸家として活躍を続けています。技法は、ろくろ成形を中心にさまざまな技術を用いられ、一点一点を楽しむかのように工夫され、薪で焚かれた作品の数々は、少し控えめで清楚さを感じさせてくれます。

井尾建二

1945年、金工家 井尾敏雄の二男として高松市に生まれる。
井尾氏は幼いころから、金工家の父・敏雄の仕事を間近に見て育った。明治彫金界の大家として知られる塚田秀鏡は、敏雄氏の大叔父にあたる。井尾氏は、大学を卒業後まもなく金工作家として活動を始める。鉄や金、真ちゅうなどあらゆる素材を自分で鍛金・整形し、加飾を施すのが一貫したスタイル。作品は花器や茶道具のほか、香を楽しむ「香器」が主で、透かし彫りなどの技法で虫や植物を細やかに表現し、常に新しい境地を創造・追究する金工家である。彼の手法は工芸の近代化をもたらした故北原千鹿以降、脈々と伝わる香川の金工の伝統を受け継いでいる。

西岡良弘

1954年、西岡小十の長男として唐津市に生まれる。
1972年より作陶を始め、日本橋三越本店・名古屋松坂屋本店・ドイツ(ミュンヘン)など国内外で個展を開催し、1994年凌雲窯築窯を開窯する。 西岡氏の食器は、真っ直ぐな形としっかりとした焼き上がりが、使う者に安心感を与えます。 唐津の白・青・黒といった分かりやすいやきものの面白さを熟知しながらも、西岡氏は従来の印象を裏切るように、蛇褐唐津(じゃかつがらつ)・古松唐津(こしょうがらつ)・織部唐津・唐津黒と、次々と新しい技法に取り組み独自の唐津を表現しています。

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